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自分の予感を信じて成功を目指します!

何かと予定を詰めていて、気がついたら月末。

10月22日、23日は舞鶴の友人宅へ。

香住町の紅ズワイガニ、城崎、コウノトリセンターへ行ってきました。

ズワイガニは、やはり美味しかった。

帰りは丹波で黒豆購入。

来年末までは、舞鶴に赴任し、その後また東京へ戻るとか。子供も1歳半らしい。

クロスバイクに乗らせてもらい、買いたくなった。やはり軽くて軽快。ジャイアントというクロスバイクは5~6万でいいやつがあるみたい。

24日は、去年に続き、彼女と京都マンガミュージアムへ。マンガが読み放題。

あと、占いも行ってきた。

私は、仕事と結婚運を占ってもらった。

どう考えても答えがでない時、決めあぐねている時、迷っている時などは、言ってもいいかもしれない。

今年(旧暦で来年節分まで)は、決定年。

それは知っていた。

決めたことは2つ。

1つ目は、今年(旧暦で来年節分まで)にプロポーズすること。OKもらったら結婚します。

2つ目は、自分のしたいことに向けて準備して、2018年にまずは花を咲かせること。

これは、今勤務している本業も含めて考えてまして。自分の予感を信じて、成功するために行動する。

この2つです。

攻撃は最大の防御。

私は、守りに入っている人や、マイナスな意見が多い人とは、極力相手にしたくない。

負のオーラは、よくない。

私の周りにいるけれど。

来月は私の誕生日と、学会発表。

頑張ります!

思うこと2

立場は、自分で作るものである。

年齢も性別も関係ない。

年齢が下でも仕事ができれば下剋上ってのもあり得る。

戦いから逃げたり、放棄した瞬間、人は負け。

仕事とは勝負の世界であり、戦いであると私は思う。

例えば、公務員であれば、ベースは社会主義的な要素が強い。よって、立場を作るのは難しく、年功序列トップダウンがほとんど。

しかし、民間は、立場を作れる可能性が公務員より高くなる。

自分で会社作り、代表(社長)になれば、すべてが自己責任。立場も糞もない。

頑張るのみ!

決めたこと

次にやるべきステージが明確に見つかった瞬間、私は今の職場を退職することを決断すると思う。

私は、生きがいを満たすために、当然仕事をしている。

ということは、自分は生きがいを満たすために生きているということになる。

私は現在、サラリーマンであることから雇われているという立場にある。

戦略や戦術などいろいろあるが、究極、自力本願<他力本願となり、どうしようもなくなれば、現状に妥協して現状でいくか、それともそれ以外を考えることになる。

ビジネスや社会貢献が目的で、理学療法士という資格を私は25歳で得た。

3年間は修行と思い、400床ぐらいで中規模、先輩がたくさんいて、新人教育がある程度ある、亜急性期から慢性期、緩和ケア、施設や在宅サービスがグループにある、組織で、がむしゃらに経験を積んだ。

その後は今後を考え、営業や企画、マネジメント、新規参入、マーケティングなどを経験。自分が井の中の蛙であったことに気づき、医療や介護以外のことを俯瞰的に考え、情報収集や勉強をする。

2013年に起業!

しかし、壁にぶつかり2015年には地元枚方へ帰阪。

今後は、生きがいを求め、ビジネス(価値を世の中に提供して稼ぐ)と社会貢献をしていきたいと思っている。まずは、自分の成長が先決。

とある人によると

私は2014 開拓年

  2015 生長年

  2016 決定年

  2017 健康年

  2018 人気年

  2019 浮気

  2020 再開年

  2021 経済年

  2022 充実年

  らしい。

2016  2018  2022 が何か事を起こすにはいい年らしい。

頑張るのみ。

ゆとり世代≒違う人種。と捉えよう!

今の職場の管理職になって一年。

ゆとり世代プラチナの新人への指導をさせて頂いている。

まず、感覚が違う。さらに変わっているときた。人種が違うといっても過言ではない。

キャラクターとしてみれば、悪い子ではないと思う。仕事(ビジネス)を一緒にする上での話である。

昨年は、私のパソコンに打ち込んだカルテをコピペしたり、夜診が始まるのにまだ寝てたり。

今もあまり変わらないが、先輩や人前で腕組みしたり、パソコンをしながら私と話すときなど腕をついていたり、横柄な口の利き方や態度をしたり…。私と一緒に食べているとき、ずっとスマホをいじりながらだし。

ちょっと、マナーや倫理観を疑うというか何というか…

いろんな人との雑談は上手いのに、いざ本業の本質の対話をするとなると大人しくなったり。本人は、俺は頑張っていると思っているかもしれないけれど、端(私)からみたら、主体性がなく受身で、促してもやらない。指導すると、言い訳や言い逃れをうまくして、そこは自己主張を強くする。良くなってもらいたくて指導すればするほど反発や反抗した態度をとり、私の指導する気が反比例して失せてしまう。

考えることが苦手。課題を与えてもやってこない。なぜと聞くと黙る。

正直指導に疲れる。なぜ、やる気が見えない、見込みの乏しい人に指導しなければならないのか。いや、もう指導はいいのかもしれない。期待もあまりできない。

パソコン業務は、さすがに得意で、それは進んで行う。協調性はある。頭も情報量が多くて悪くはないが、正しい努力や手間をかけなければいけないところで手を抜く。

私が指導をしたら、やらずに反発。もう一度いうが、ほんとは指導する気が失せる。

せめて、やってから反発しろと。

ゆとりの諸君の多数派は、流されて、根性がなく、競争を避け、安定、安全を望む。

いいところもあるが、まずは、仕事の意識から気づかされ、自分で変えていかないと、もう誰からも相手にされなくなるだろう。

褒めて長所を伸ばそう。

私は嫌われてもかまわないが、結局、今後経験年数が増えてくると、恥ずかしくなることが多くなるだろう。

 

コミュニケーションスキル向上で信頼関係づくりを

最近、ジメジメとした微妙な天気続きで、くせ毛の私の頭のセットがしにくくなってきた。ということで、美容院へ。

美容師さんは、さすが、コミュニケーションスキルに長ける人が多い。

私も仕事柄、接客業なので、学ぶことが多い。

アサーティブな対応(相手に配慮した対応)がなされていることが多い。

今日はコミュニケーションについて、普段気をつけていることをお話ししよう。

コミュニケーションとは、3つある。

傾聴力、会話力、質問力である。

まず傾聴力とは、相手が話しやすい雰囲気を作り、内容を正確に聞き取る力。

会話力は、正確、明瞭、簡潔に考えや情報を伝える力。

そして最後の質問力は、相手の考えや情報を引き出す力。

この3つが基本。

私のなかでは、コミュニケーションの基本は、聞くことから始まると思う。

聞き上手は話し上手というという諺があるが、本当にそうだと思う。

私は最近、プライドがいい意味でなくなってきて、超積極的聞き上手というのを実践しているが、効果はでかい。そうすることにより、コミュニケーションで、相手の話に興味があるとか、わからないことをちゃんと聞いてくれるとかいろいろ思われ、信頼関係が構築されやすくなった。

誰しも自分の話を聞いてくれない人は、嫌だと思う。

私も、もちろんそうである。

会議やプレゼン、普段の何気ない会話でも今後も実践していこうと思う。

 

信頼される人間を目指して

私は現在、医療介護関係の仕事で、社員や患者さん、利用者さんと関わることが多い。

私は4才から94才までの男女と関わらせて頂き、その人の特性やキャラクター、実にさまざまである。この人は私と感覚や人種が違うなぁ~とか思うときもある。傲慢な態度をとられたり、逆に配慮が行き届いた態度の方もいて、その都度人間力の違いを目の当たりにする。私はこの業界に10年弱いて、仕事柄人と関わらせて頂くことが多く、相手の人間の対応をパターン化してカテゴリー分けして相手を察知して対応する能力が身についてきた気がする。正直、例外の方もいて、その人の対応をすることは厳しい面もある。無礼、失礼いろんな人がいるのも事実である。

営業ではテレアポや対面など色々あるが、私の仕事は対面が多い。

例えば、40才以上の女性同士。我が強い2人がお互いに主張し合うと、だいたい揉めることとなる。結果、お互いを嫌うこととなる。

要素として、性別、年齢、キャリア、性格、環境因子などが相関している。

正直、私とかけ離れ、感覚や人種が違う人を相手にするのはとても疲れる。

患者さんで、歳が50才を超えていて、リハビリにこられている人がいる。完全受身でこられており、本人の要求は早く治して欲しい。また、その割に私にいろいろ要求してくる。自我やプライドが強いと思われる。私も、全力で治療するが、それプラスアルファで、本人さんにも努力してもらわないと改善は難しい。私は、しっかり患者さんに啓発しているが、ちゃんと聞いてくれる患者さんは、改善している割合が高い。

何事も素直さ、愚直さが大切であると思った。

信頼される人間を目指して!私は頑張る。

資格の価値

だいたい資格職というのは資格により価値が決まってしまう。前提条件としてサラリーマンであることだが。資格で給与も決まり、価値が決まり、個人の能力給というのは微々たるもの。管理職手当など。

私は理学療法士という資格をもっているが、それも資格で価値が決まってしまう。あとは経験年数。経歴。経験。何がしたいか、何ができるのかということは理学療法以外にあまり加味されないと思われるのは、私だけなのだろうか?!

理学療法士は、医師の指示の下という縛りがある。これがメリットデメリットあるが、法的に決まっているので、理学療法士という名称独占を公使するなら従わざるをえない。

医療や介護業界は、資格により価値や値段が決まっている。これをよしと思うのか不公平に思うのか。人それぞれであるが、今一度考えてみる必要がある。